続々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々・智恵子(小)
はじめに
この物語はある作家(家族の強い要望により匿名)の智恵子(小)との深い愛憎の様子を作家本人が記した日記である。
作家自身は発表の場を求めていたが、家族の強い反対により、商業誌での発表は見送られた。そのため千年より作家の匿名、また作家を特定できるような個所の非公開を条件としてその一部をSAKANAFISHにて公表しつづけているものである。
11月15日
秋霜。風も冷え切り、老いの孤独が染みつく。この寂寥感を感じるのも後幾度か。夕刻、「抱月」で野沢菜と水菜。鰯を薦められるが、食指が伸びず。帰宅後、大根の山。聞くと、智恵子(小)が沢庵にするという。薄味が良い。
11月16日
朝、野沢菜と粥。筆も進まず、日暮れに至る。夕食、水菜と油揚煮浸し。油揚しつこく、半分残す。智恵子(小)が糠味噌を混ぜる。あの大きさで糠味噌を混ぜ得るのか。
11月17日
終日、粥にも手が出ず。ただ水菜と野沢菜のみ。智恵子(小)、通販でウエットスーツを購入する。ボンベは三週間待ちという。
11月18日
筋肉質の男が来訪。皮の仮面をかぶり、半裸。智恵子(小)が糠味噌掻き混ぜ要員として呼び寄せたと云う。逞しい褐色の腕が糠味噌を掻き混ぜる。食欲出ず、青菜のみ。
11月19日
沢庵が漬け上がったと智恵子(小)が言う。目の覚めるような真緑。ああいう男が掻き混ぜると新緑の如き鮮やかな緑色が発せられるのだと云う。納得。食欲は出ず、沢庵のみ。
11月20日
終日執筆。しかし興が乗らず、日長一日沢庵を齧るのみ。酷く疲れる。半裸の男に腰を揉ませて寝る。
11月21日
食欲無し。沢庵も3kgほどしか喉を通らず。
11月22日
食欲無し、沢庵は8kgしか食わず。半裸男に沢庵をすするとよいと聞く。ためしに一本吸ってみると、緑色の色素がすっかり抜けて白い沢庵になる。半裸男は切干大根をこの手法で作るという。見習わねば。
11月23日
沢庵をすするのにもすっかり慣れた。一度は糠味噌を直接すすってみたいと思うが、半裸に言わせるとかなり危険らしい。智恵子(小)、伊勢より帰宅。海女の修業を積み、糠味噌にダイブするという。若さか。
11月24日
すこぶる体調が良い。「今日も吸う吸う明日も吸う あの子と出会った海のよな 真緑沢庵吸いも吸う」。 思わず予科練時代の歌が口をつく。 ハンラーもコーラス。智恵子(小)が糠味噌の底から貝を拾ってくる。恐らく、鮑であろう。
11月25日
体調が良いのに、藪医師橘来訪。顔を見るなり入院を勧める阿呆。何が顔色が緑だ。老眼も極まれりか。少しは私の顔を見て視力を回復してはどうか。ハンラーが作った地下牢に閉じ込める。夕食、鮑と沢庵。
11月26日
グリーン!終日執筆。グリーン!
11月27日
終日執筆だがグリーン!このインクの色が気に入らないグリーン!やはりもっと美しい色にするべきではないかグリーングリグリーン!
11月28日
見事に美しいグリーンとなったグリーン!これからはやはりグリーン!グリグリグリーン!
11月29日
この目で見ると、世の中には美しくないものが多すぎるグリーン。もっと緑色にするべきだグリーン。もっと沢庵をすすり、鮑を食うべきだグリーン。手始めに地下牢の藪医師橘をグリーンにしてやるグリーン!我々グリーン一族の力を思い知らせてやるグリーン!
11月30日
藪藪藪藪藪藪橘藪藪藪藪藪藪橘藪藪藪藪藪藪。どうだ、緑色の藪で橘の奴を囲ってやったグリーン!これで橘の奴もすっかりグリーンだグリーン!ざまあみろ橘グリーン!
12月1日
智恵子(小)いわく、「緑色のインクで名前を書くと、その相手と両想いになる」という。キャッ(はあと)