うう、寒い寒い。ひどく冷えるな今日は。 |
そうだな。こんな日は暖炉の前でお茶を飲んでいるに限るよ。
| ふふふふ。 |
| ワトスン君、今君はなんといったかね。 |
実は僕にその言葉を言ったのは君がはじめてではないんだ。 |
| その言葉を僕に言ったのは君が284番目さ。 |
そして、その言葉を124番目に僕に言った人物…その彼のことを今思い出したのさ。 |
また中途半端だな。
| 彼の名は、レジナルド・マスグレーヴ…。 |
| 僕と彼とはカレッジで同級生だった。 |
| 彼の家系は16世紀までさかのぼれるという名家だった。しかしそれを鼻にかけることはせんやつだったな。 |
ほお。
奴は大学を出た後、親父の跡を継いで地方選出議員となっていた。僕はその頃ロンドンで探偵業を始めたんだ。 |
ふーん。
| そんなある日、奴が僕の探偵事務所を訪ねてきたんだ。 あの日もこんな、寒い日だった…。 |
ほーん。
| おい、ワトスン君。 |
| さては興味ないだろう、僕の話に。 |
ないよ。
| まあいい。とりあえず聞いてくれ。 |
| まあそうはいっていても、君はもう僕の話を聞くしかないんだが。 |
君がさっき飲んだお茶…あれには南蛮渡来のしびれ薬が持ってある…目と口と耳は動くが、体を動かすことはまったくできない… |
| さあ話を聞け！聞くのだ！ |
| 何とでも言え。えーと、どこまで話したっけ。 |
知らねえよ！
| そうか、じゃあマスグレーヴの話はやめて、東アセダラ諸島の風土病、ベノバッサブ病の症状である発疹やイボの話をしよう。 |
ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ…イボいぼいぼいぼいぼいぼいぼいぼいぼ… |
マスグレーヴだっ！マスグレーヴが君の事務所を訪れたところだっ！
| ああそうだったな。ではその話をしよう。 |
| 最近はなんだな、貴族や金持ちの家で執事やメイドが犯罪を犯すことが多いな。 |
しかしまあ、そういう執事やメイドが犯罪を犯すのも上がしっかりしていないといけない、ということを言うがな。 |
| 中には上がどうであっても、どうしようもない犯罪もあるわけでございまして |
| どんどんどん！どんどんどん！ ホームズはん！ホームズはん！いてはりまっか！いてはりまっか！ |
なんだその語りはっ！
なんや、マスグレーヴはんかいな。えらいあわててどないしたんや。まああがりなはれ。 |
そんなしゃべり方したことないだろうお前はっ！
なんだようるさいな。東洋に伝わる伝統話芸、『カタミカラゴク』を聞かせてあげているというのにっ！ |
わかったわかった。 |
普通でない状況で話を聞かせてるんだから、話し方ぐらいは普通でやれよ。
| えーと、どこまで話したっけ？ |
だから、マスグレーヴが来たところだって！
| ああ、そうだっけな。ええと。 |
やれやれ。
| マスグレーヴがやってきたのは、とても暑い夏の昼下がりだった。 |
じゃあ寒い日で。 |
| 観客の期待に応えるのが、優れたストーリーテラーというものだろうが！ |
| えーと、どこまで話したっけ？ |
だからマスグレーヴが来たところだって何度言わせるんだっ！
マスグレーヴ…マスグレーヴ…ひいいい！ |
勝手に追い込まれるなっ！