現在、世界では未曾有のホラーブームが起きている。
グレート・バリア・リーフ国際ファンタスティック映画祭では「グレイン荘の惨劇」「さける」等のホラー作品53本が、最優秀映画賞を独占したのも記憶に新しい。
ホラー・ブームの中で、クリエイターは一体何を考えているのか。次に目指すものは何なのか。
ホラー映画の担い手、新進気鋭の映画監督である種小路篤麿に聞く。
――ホラーブームについてどう思われますか。
「僕はあまりブームという言い方が当てはまらないと思いますけどね。」
――ブームでは、ないと?
「ブーム、というか、ずっとあるものが、今注目を集めていると言うだけじゃないかな、って思いますけどね。」
――なるほど。
「ブーム、って言うと、すぐ消えてしまうものって、感じでしょう?でも、ホラーが消えた事って、ないじゃないですか(笑)」
――そういえばそうですね。
「作り手の側は、そういうブームに関係なく、作品を作っていくだけじゃないですかね。まあ、僕もブームだからって、特にどうするわけでもありませんし(笑)」
空前のホラーブームも、自分とは無関係と語る種小路。しかし、ホラーブームの中で生み出される数多くの作品とは、無関係ではいられない。
――最近の作品はご覧になりますか。
「最近って、いうと、『さける』とか?」
――はい。
「うーん、橋本君には悪いけど、見てないな(苦笑)。」
――ご覧になってないと?
「そうですね。」
――では、『サルマイズ』は。
「うん、それも見てない(苦笑)。」
――ご覧になってないと?
「そうですね。」
――両作品とも業界ではたいへん話題になりました。
「そうらしいですね。でも見てないんですよ。」
――意識はしてない、と。
「うん。」
「さける」は大きな影響を残し、「さけるチルドレン」を産みだした。種小路はそんな世間から超然としているのか、それともポーズに過ぎないのか。
――『さけるチルドレン』のような現象をどう思われますか。
「うーん、悪いとは言わないけども、いいとも思えないですね。」
――ということは、悪いと?
「そう聞こえちゃうかな(苦笑)。でも、本当に悪いともいいとも思ってないんですよ。」
――本当ですか?
「うん、やっぱり、僕らも先人の影響を受けて、ここまで来たわけじゃないですか。だから、その意味では僕たちも、誰かのチルドレンであるわけだし。」
――そうですね。
「だから、誰かのチルドレンになってること自体は、普通のことなんですよ。どうこう言われるのは、そこから何かが生み出された時だと、思いますしね。」
――ということは、まだ『さけるチルドレン』は何も生み出していないと?
「うーん、生み出しているのかも知れないけど、僕が知らないだけかも知れないですね。」
大きな話題になっている「さけるチルドレン」論争に一石を投じる発言とも言える。種小路はそういったブームに背を向けているように見えて、あるいは強く意識をしているのかも知れない。
――最近ご覧になった映画で、特に印象に残ったのもの?
「ちょっと前なんだけど、『バリア』かな。江藤さんの作品は全部観てるんだけど、いつも新鮮な驚きがありますね。」
――そうですね、そういえば種小路監督の「人魚葡萄」にも江藤さんの…
「ばれちゃったかな(笑)。」
――あのシーンはやはり「麦の穂」のオマージュですか。
「江藤さんには言ったんだけどね。まあ僕も江藤チルドレンって、ことなんですよ。」
――なるほど。
「海外だと、『サーフィーズ』かな。よくある手法なんだけど、切り口は新しいですよね。」
――どれもコメディですね。
「うん、コメディが好きですから。」
――ホラー映画はご覧にならないんですか?
「観ないですね(笑)。」
――観ないですか?
「うん、まったく。観たこと無いですね。」
意外な答えが返ってきた。ホラー映画を観たことがない。はたして彼のイマジネーションはどこから来るのか。
――ホラー小説なんかは?
「小説は好きなんだけど、そういったのは読まないですね。」
――最近では、「クラウディウスの罠」が話題になりましたが。
「ああ。」
――それも、やはり。
「うん、読んでないですね。」
――ということは、ホラー小説は。
「読んだことないですね。」
――今までも。
「うん、一冊も。」
――本当ですか?
「ほら、ホラー小説って、装丁が黒っぽいじゃないですか。」
――黒いですね。
「だから、すぐそれってわかるから、あんまり近づいたりしないんですよ。」
――近づかないというと。
「ほら、ホラー小説って、表紙の絵もそうじゃないですか。」
――そうと、いいますと。
「怖い、じゃないですか。」
――怖いですね。
「だから、うっかり見たら怖いなって思うから、近づかないんです。」
――なるほど、ホラー小説は怖い、と。
「ええ、怖いですね。」
ホラーの本質を鋭く突く言葉である。ホラー、それは恐怖であり、恐怖に他ならない。恐怖こそがホラーの本質なのである。
――最近ではホラー漫画がありますよね。
「ありますね。読みませんけど。」
――読まない、と。
「ええ。」
――それはなぜ、ですか?
「怖いからですね。」
――なるほど。
「好きこのんで怖いものを見たいっていう奴の、気が知れないですよね。」
クリエイターの不安がうかがえる言葉である。クリエイターは、完全に観客の心を知ることは出来ない。その状況で、新たな作品作りに取り組まなければならない。彼には我々にはわからない孤独があるのかもしれない。
――今後、ホラー映画の世界はどうなると思いますか?
「うーん。よくわからないんですけどね。」
――わからない、といいますと。
「やっぱり、部外者にはどうなるかって言う展望は見えないし、それに…。」
――それに?
「関係ないですからね。」
――なるほど、そうなると、今後のホラー映画は。
「うーん、そうですね、やっぱり…」
――はい。
「怖いんじゃないですかね。」
――なるほど、今後のホラー映画は怖い、と。
「怖いでしょうね。よくわかりませんけど。」
時代が変わっても、ホラー映画の本質は変わらない。その思いが痛いほどに伝わってきた。彼の思いは、このホラーブームをブームでは終わらせたりはしないだろう。
種小路 篤麿(たねこうじ あつまろ)
1972年、東京都生まれ。映画監督。
1999年、『もじゃぷりん』で監督デビュー。
2003年、『おとぼけ課長漫遊記』で第24回レマーゲン国際映画祭審査員特別賞受賞。
近作には『おとぼけ課長ニューヨークへ行く』『おとぼけ課長ニューヨークから帰る』
インタビュアー/ 文・坂本 肇太郎